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Life in the Slow Lane うつ病でも夢をつかむまであきらめない

うつ病と付き合いながら精いっぱい頑張っています。うつ病でも夢は大きく!

睡眠導入剤の使用に悩む

最近、眠れない日が続いています。

正確に言うと、寝付けないのです。

原因はわかりませんが、睡眠導入剤を使用しても眠れないことがあります。

 

昨日は睡眠導入剤を2錠ほど服用したのですが、思ったように眠れませんでした。

気にしすぎて寝付けなくなっているのかもしれませんが、ここ2週間くらい特にひどいです。

 

私は、出来れば睡眠導入剤を使用したくありませ。

気分的なものなのかもしれませんが、次の日に持ち越してしまいます。

昨晩10時前には睡眠導入剤を服用したのですが、今日の午前中は、かなり眠くて大変でした。

 

せっかく調子が良い時なので、ここで挫折して、また入院するくらいまで落ちるのは避けたいと思っています。

 

こればかりは、手探りで良い方法を見つけなければならないのでしょうが、あまりひどいときは、主治医に相談しようと思っています。

 

『無理をせず』それができればうつ病になるまで頑張りすぎないのでしょうが、なかなかそれができないので、少しサボる癖をつけていかなければならないと思う今日この頃です。

仕事復帰から1年と定期通院

うつ病との闘い

もう少しで、フルタイム復帰から1年が経過します。

仕事の量という意味では、それほど多くないのかもしれませんが、部署の中では、ほかの人よりも多くこなしています。

月に2~3日は休日出勤があるので、1月のうち連休を取れるのは1回ほどです。

私の仕切りで行う夜間の会議も結構入っているのでそれなりに手数は必要です。

ただし、私はできるだけ時間内に仕事を片付けるようにしているので、定時を過ぎると基本的に仕事をしなくてもよいような状況を作っています。

 

ひとつ下の同僚は、定時を過ぎても仕事をしているタイプなので、先に帰るのに気が引けるのですが、最近は割り切って最初に帰るようにしています。

団体を持っている関係上、休日出勤は部署の中では一番私が多いので、別に気を使う必要はないのでしょうが、どうしてもこういう余計な気を使ってしまう癖がなかなか治りません。

 

さて、先日定期通院をしてきましたが、まだ薬は減りません。

また、最近寝つきが悪いことを先生に相談したのですが、やはり睡眠導入剤を進められました。

考え事をして寝れないわけではなく、元気が有り余って寝付けない感じなので、一応先生に相談したのですが、もしも躁状態と感じたら薬を調整しますとのことです。

 

自分としては、早く薬の量が減ってほしいのですが、こればかりは前回の二の舞にならないように、慎重にゆっくり治療するしかないでしょう。

 

しかし、このような仕事の仕方を続けていて良いのか考えてしまいます。仕事量に対して職場の人数が少ないのか、誰かに付き合って遅くまで残っているだけなのか、職場全体ではなかなか早く帰れる雰囲気ではないので、よろしくない環境だと思っています。

入学式と入園式

うつ病の中の日常

4月8日金曜日に、上の子が晴れて小学校に入学となりました。

この子が生まれてから3度うつ病にかかっていますが、無事に幼稚園を卒園させてあげることができ、小学校に入学させることができました。

上の子は2年間隣の地区の幼稚園に通い、昨年こちらの地区の幼稚園に入園しました。

この地区の幼稚園は、昨年から3年制の幼稚園となり、それまでは既に3年制となっていた隣の地区の幼稚園へ通わせていたのですが、仲の良い友達と離れなければなかったりして、子供なりにも大変だったと思います。

そして、今年、また学区の違いで何人かの友達と離れての小学校生活となります。

子供も頑張っているので、私も頑張らなければと思います。

 

昨年は、その統合の入園式があったわけですが、その時期ちょうど3度目のうつ病ということで、入院生活を送る羽目になり、しばらくの間、子供たちとも離れての暮らしでした。

 

我が家にはもう一人子供がいまして、その子が今年、幼稚園に入園することになりました。入園式は4月11日月曜日。午前中は晴れていましたが、この日は午後から季節外れの雪に見舞われました。桜と雪の春の日で、ある意味思い出に刻まれる日となりました。この下の子は、今まで保育園にも行っていなかったので、これからうまくやっていけるかどうか心配です。

 

私はうつ病治療中ですが、子供たちはこうして日々成長していきます。

だから、私はもう少し頑張らなくてはいけないのです。

このブログを書くことが、自分への励ましの意味もあるのかもしれません。

 

職場の人員も減らされている中で、うまく治療をしていけるかは不安ですが、今度は勝手な判断をしないように治療を進めていきたいと思っています。

 

そして、この文章を読んでくれている人のためにも、できるだけ参考になるようなことを書いていければと思っています。

 

まだ、色々と書けていないことがありますが、少しずつ書き足していこうと思います。

何時もと違う毛色の内容ですが、私の日常として記述しておこうと思います。

うつ病と人事異動

うつ病との闘い

この人事異動と言うものがうつ病にとっては曲者です。
まわりの環境どころか、自分の仕事そのものが変わってしまうので、治療にとってはあまり良い物ではありません。
新しい部署では以前と何ら変わりなく過ごせていましたが、今考えれば薬が効いていたからだったのでしょう。それに気づかず、私は体調がよくなってきていると思い込み、主治医に薬の減量をお願いしました。
主治医は私の意見を尊重して、減量に応じてくれました。しかし、私はその後、自分勝手な判断をしてしまいます。

自分勝手が招く負のスパイラル

薬の減量を許可してもらった後、さらに自己判断で薬の量を減らし、ついには薬を止めてしまいました。それが秋も終わろうとしていたころの話です。この時は特に問題ないと思いながら仕事をしていました。
しかし、私の直属の上司が、股関節手術のために長期入院をすることとなり、その仕事の穴をカバーするべく、職務分担の再編成が行われました。
ここで、今まで覚えた仕事を半分以上変えられ、入院することとなった上司が持っていた仕事のほとんどを私がやるという状況に。ここで、薬を飲んでいれば耐えられたかもしれないし、耐えられなかったかもしれない。今となっては知る由もありませんが・・・。
たしか、この時期、私は家族にもきつく当たっていたりした次期だと思います。本当に申し訳ない行動をとっていたと、後になってから思い出されます。
結局、3月中旬で体調を崩してしまうことに。

そして、うつ病再発

職場に一人で残って、仕事をすることも増え、計画通りに仕事を進めても他部署のせいで次の仕事へ繋がらなかったり。休日を返上することもあり、気が付けば同じ部署の外の人よりも濃い仕事と多い仕事量。朝、体が動かなくて起きられないこともあり、それとなく課長に仕事が多いということを言ってみたのですが、気が付いてもらえませんでした。

決してその課長が悪かったわけではなく、自分がきちんと伝えられなかったのが原因でしょう。この後の病気休暇中に気を使ってもらったりとしたので、もう少し私がはっきりと言えていれば違ったかもと思いますが、結局再発してしまったことに違いはありませんでした。



病気休暇取得

前回は病気休暇を申請せずに復帰したのですが、今回はそうはいきませんでした。
医師からは「再発です、休みなさい。」と告げられました。
仕事はすべてその日のうちに簡単な引き継。あっさりとしたものでした。
何も考えずにゆっくりと休むことに。
2回目なので、割り切っていました。自分には少し休めば復帰できると。

ただ、妻には『そんなに仕事をしてもだれも心配してくれる人なんかいないんだよ』と言われました。

私は仕事が嫌いだと常に家族に公言しています。そのくせ、遅くまで仕事をしたり、休日をつぶして仕事をしたり。言っていることとやっていることが支離滅裂です。出世したくて仕事をしているわけではないのですが、自分の性格なのでしょう、それまで気が付いていなかったのですが、少し完璧主義に走ることがあるといわれました。

私は、仕事が嫌いなので、仕事で怒られないように進める傾向があるのかもしれません。結果として、仕事が集まってきていたのかもしれませんが、良い迷惑です。ここからまた短い闘病生活に入り、復帰へと繋げていくのですが、結局はさらなる再発へということになります。何度再発すればよいのか、そろそろいい加減に学習しないといけないことはわかっています。

わたしのうつ病闘病記その1の3

うつ病との闘い

破っても良い全ての目標と、たった1つの守ってほしい約束

さて、病状が回復してくると、この先の事、自分の生きる意味、やりがいについて様々なことを考えると思います。正直、先の事や、生きる意味なんて言うのは回復して間もなく、考えてもしょうがないので、そういう難しいことはゆっくり時間をかけて考えてください。

まずは・・・
自分の欲しい物を考えてみましょう。そして、それに向かって進んで行ってみてください。簡単な目標からでいいんです。ちょっと贅沢して美味しい物を食べたいとか、新しいスマートフォンやノートパソコンが欲しいといったこと。
ちょっと頑張れば達成できる自分へのご褒美を兼ねた目標。そうして、一つの事をクリアしていくと、気づけばあの時よりも気持ちが楽になっていると思えるはずです。
正直、良くなりかけのころは本当に元どおりの生活ができるか不安な気持ちでいっぱいのはずです。それでも、自分の目標と言うのは早く復帰するためにはあったほうがよいと思います。目標と言っても先に言ったように、ご褒美のために頑張るということです。

頑張る、頑張れ。
頑張れとは言わない。はい、当たり前です。うつ病の人を焦らせても何にもなりません。
でも、うつ病の人本人が頑張ると思わなければ、その先には進めません。頑張れとは他人から言われるものではなくて、自分で自分を励ます時の言葉だと私は思っています。

うつ病の患者さん本人へ
だから、自分には頑張れと言ってあげてください。頑張れなかったら投げ出してください。楽に生きてください。自分と会話をしてください。周りに弱音を吐いてください。欲しい物を手に入れてみてください。これは命令ではないので、いやならやらなくても良いのです。
しかし、これだけはお願いします。自分の勝手な判断で治療を止めないでほしいのです。これで私は2度再発しています。

経過と再発

夏までにはすっかり良くなっていました。ただし、薬は最大量だったので、ただ単に薬が効いていただけという事実です。そのまま秋が過ぎ、冬に入ると、やはり季節の変化と、体調のせいで、なんとなく落ち込む気分の時もありました。うつ病なのに子どもはもう1人欲しいとかも考えました。

うつ病なのに、子どもをもう1人欲しいという記事をそのうち追加したいと思います。

それでも、薬のおかげで何とか冬を越すことができ、季節の変わり目の春がやってきました。ここを乗り越えれば、治療から1年過ぎると思い頑張りました。

ここで私は、人事異動となり部署を変わることとなってしまいました。この人事異動については、定期の人事異動なのですが、私にとって、今までの部署が出世コースなのか次の部署が左遷コースなのか、そもそも関係ないのかと言うことはわかりませんし、どうでもよかったので、気にしませんでした。
とりあえず治さなくては先に進めない。無理をしても頑張らないとい。そんな気持ちだけが私の心の中にありました。

わたしのうつ病闘病記その1の2

うつ病との闘い
さて、私の治療についてです。
病院に行って、診察を受け、うつ病の症状であると断定されたわけですが、ここでひとつ肩の荷が降りました。多分、これで少し楽をできる(決して怠けたいという思いではありませんでした。)と思ったのと、『長期休暇を取得しないのであれば、ます、鬱の症状と言うことで職場に伝えてください』と言われたことです。職場によっては、うつ病と認定されるとその後仕事がやりにくくなったりすることがあると思うのでと言う、主治医からの配慮でした。

上司への報告
『実はこういうわけで、病院を受診して、うつ病の症状ありと言うことで薬を出されました。医師と相談して、休まなくても大丈夫と言う事でしたが、薬を出されました。場合によっては初期に眠気や倦怠感など体が薬になれるまでちょっとした副作用みたいなことが起きます。場合によっては遅刻や早退と言ったことが考えられます。』
このように報告しました。

その頃は、ちょうど仕事も落ち着き始めていたので、仕事の量の調整は申し出ませんでした。同じ部署の上のほうの人たちに事情を共有してもらい、その他の人には、体調がすぐれないという事だけ通知してもらって、業務を進めることができました。

この、『医師からの配慮』、『自分からの進言』、『上司の適切な判断』によって普段とあまり変わらないような体制で仕事を進めることができました。
日中は、ぼーっとすることもありましたが、仕事のペースは落とさずに過ごせました。
病院についても、有給等で対応ができたので、この時は特に周りに迷惑をかけることなく治療をすることができました。


回復へ向けての目標

体調がよくなってくると自殺をする人がいると書きましたが、幸い私は、その傾向がありませんでした。
そのかわり、いままでため込んでいた欲と言うのが出てきました。
欲と言うより、目標?目標と言うよりは自己満足。稚拙と言われてしまえばそれまでなのですが、生きていく事へ繋がるものだと思いました。

私はこの後、バイクの免許取得のために、自動車学校へ通うことになるわけです。

自動車学校へ通う記事については、うつ病患者は運転免許を取得できるのかで書いております。



わたしのうつ病闘病記その1の1

うつ病との闘い

私は3度うつ病を発症しております。
この表現が正しいのかどうかはわかりませんが、うつ病というのは完治しているのかどうなのかという判断が非常に難しいのです。

過去2回はほとんど自分の判断で通院するのをやめてしまったので、再発という表現がよいのかどうかはわかりませんが、薬を飲まずに普通に過ごせていたので、このような表現としています。

ちょっと気になるのは、私の場合、1回目よりも2回目、2回目よりも3回目の発症のほうが症状がひどいということです。確かに、2回目、3回目とストレスになることの大きさや年齢による体調の変化を考えると、原因になる事象が大きかったのは明らかなのですが、少し心配でもあるので、3回目の発症中の現在は、自己判断は可能な限り避けるようにしています。

さて、最初の闘病記になります。比較的初期の診察のため、症状は軽かったと思われますが、その辺も交えて参考になればと思い、お読みいただければと思います。
どの様な症状が出たのかというと、一般的に言われる倦怠感とネガティブシンキング。考えれば考えるほどここから逃げたいと思い、朝動けないような状況になっていました。
初めは、震災の事後処理等で、休みが取れないので、色々と疲れているのかと思っていましたが、仕事を辞めてどこかに逃げてしまいたいと思ってしまっていたので、妻からとりあえず病院の受診を勧められました。
この時、私には1歳の子どもがいました。この子のためにも仕事をやめるわけにはいかないと思い、(仮に仕事を辞めざるを得なくなったとしても)働くことのために、まずは病院を受診することにしました。

家族のサポート(かけるべき言葉)
家族やパートナーの方、あなたが本当は無理してでも仕事を続けてほしいと思っていても、相手の気持ちになって声をかけてあげてください。
私は妻に「とりあえず、病院に行きましょう。」と言われ、
私が「仕事を辞めたい、アルバイトでも何でもするから、とにかく仕事を辞めたいと。」と言うと、
妻は「うん、わかった。とりあえず、今は仕事のことを考えても仕方がないから、まず病院に行きましょう。それでもやっぱり仕事を辞めたいと思うんだったら、辞めてもいいし、落ち着いたらゆっくり考えましょう。」と言ってくれました。

私の場合はこれがきっかけで通院し、仕事も休むことなく続けられましたが、中には悪い方向へ向かってしまう場合もあるかもしれません。もちろん、よい方向に向かって進んでいくのが理想です。
知り合いに、病院を受診して、長期で休んで、そのまま退職したという人もいました。ただし、考えようによってはその方は『命』までは失わなかったということです。その方にも奥さんと子供がいるようです。